文庫だより冷泉貴実子
やまと歌がたり

冷泉貴実子
やまと歌がたり
第七歌

聞き書き・田中康嗣

卯の花の むらむら咲ける 垣根をば 雲間の月の かげかとぞみる
白河院御歌

日本の夏は、旧暦の四月と五月と六月、つまり卯月と皐月と水無月です。そのはじめが卯月で、卯の花の月になります。卯の花が咲くから卯月なのか、卯月に咲く花を卯の花と呼ぶのか。ともかく、日本の夏といえば卯の花なのです。

卯の花は、アジサイ科の空木(うつぎ)の別名で、初夏になると白い小さな花をつけます。1センチくらいの本当に小さな花がまとまって群がって垂れ下がる。濃い緑の葉のあちこちに白い花のかたまりがある。そんな感じです。庭木として植えられることもありますが、昔から垣根にすることが多かった。卯の花の垣ということですが、国宝に指定されている志野茶碗に卯花墻(卯花垣)というのがありますね。清少納言の枕草子には、ホトトギスの鳴き声を聞きに行った帰りに卯の花で牛車を飾って遊ぶ話しもあります。ホトトギスと卯の花は日本の夏の象徴なのですね。「夏は来ぬ」という小学唱歌があります。佐々木信綱という国文学の先生が作詞しています。第1回の文化勲章を受章していて、歌会始の選者にもなっている偉い先生です。その歌詞がみなさんもご存じだと思いますが、「卯の花の 匂う垣根に 時鳥(ほととぎす) 早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ」というものです。日本の春が梅に鶯なら、夏は卯の花にホトトギスなのです。

さてその空木の垣根があって、夏が来て、そこに花が「むらむら咲ける」、つまり、まだらに小さなかたまりで群がって咲いています。濃い緑の中に白い可憐な花がある。それがまるで「雲間の月の」、つまり雲の間から姿を現す月のようだ、というわけです。「月のかげ」というのは、月の光のことです。空を覆う雲のあちらこちらから月の光が洩れているのです。むらむらと、つまり群れを成してまだらに月光が見えている。空木の垣根に咲く卯の花の群れが、夜空の雲の間からまだらに洩れる月の光のようですね。というのがこの歌です。

白河院の少し後、院の近臣として仕えた歌人に藤原顕輔(ふじわらのあきすけ)という人がいて、その人の歌に「むらむらに 咲ける垣根の卯の花は 木の間の月の 心ちこそすれ」というのがあります。鴨長明には「照る月の 影をかつらの 枝ながら 折るここちする 夜半の卯の花」、定家さんには「卯の花に よるのひかりをてらさせて 月にかはらぬ 玉川の里」がある。いずれも卯の花を月の光と見て歌を詠んでいますね。ちなみに、玉川というのは有名な歌枕で、全国に六つの玉川があり、合わせて六玉川といいます。邦楽にも六玉川という曲がありますね。その中で摂津、三島の玉川が卯の花の名所だった。夏の標しとしての卯の花は、このように昔からずっと月影、つまり月の光を呼び起こす美しき日本の夏の景色だったのです。

平安時代の夏衣への更衣、衣替えは四月朔日にありました。夏装束は四月の朔日から。清々しく穢れのない新しい衣に替わる。白い色がその象徴になるように思います。白の持つ清廉な美しさが人々を魅了したのでしょう。白粉を塗った白い肌や蚕から産み出される生糸の白。この歌は、そんな高貴で翳りのない白を、卯の花や月の光にのせて詠んだ美しい和歌なのだと思います。(第七歌・了)

白河院[しらかわのいん]永承8(1053)年~大治4(1129)年
後三条天皇の第一皇子。延久4(1072)年12月に即位し第72代白河天皇に。応徳3 (1086) 年、善仁親王に譲位。以後、堀河・鳥羽・崇徳三代にわたって院政を執る。嘉保3 (1096) 年には落飾し法皇となる。大治4(1129)年7月7日、77歳で崩御。承暦2 (1078) 年、内裏歌合を挙行。応徳3 (1086) 年、藤原通俊に第四勅撰和歌集『後拾遺和歌集』を奏上させる。天治元 (1124) 年頃には源俊頼に第五勅撰和歌集『金葉和歌集』を上奏させる。後拾遺集初出。新古今には4首。勅撰入集は29首。『平家物語』の巻一に白河法皇が「賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」と嘆いたという逸話がある。
咲きにほふ花のけしきを見るからに神の心ぞ空に知らるる(新古1906)
大井川ふるき流れをたづねきて嵐の山のもみぢをぞ見る(後拾遺379)


プロフィール

冷泉貴実子

事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!

田中康嗣

特定非営利活動法人 和塾 代表理事。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。

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