文庫だより冷泉貴実子
やまと歌がたり

冷泉貴実子
やまと歌がたり
第三歌

聞き書き・田中康嗣

へだてゆく 世々のおもかげ かきくらし 雪とふりぬる 年の暮れかな
藤原俊成女

時の流れというのは不思議です。季節や暮らしや、人の気持ち次第で、同じ時間がまったく違って感じられる。あっという間に過ぎ去る時間もあれば、ゆっくりゆっくり進む時もある。年末年始はその最たるもの。年の暮れと歳の初めとでは、時の経過がとても違いますでしょう。たった一日違うだけなのに、まったく異なる時間が流れます。

年の暮れというのは、とても静かでしみじみとした時間ですね。「世々のおもかげ」、つまりそれまでの一年の、あるいはそれまでの人生で起こったさまざまな出来事が、「へだてゆく」、つまり過ぎ去って行き、離れて行きます。家の外には雪が降っています。しんしんと降っているのでしょうね。その雪がさまざまなものを隠して見えなくしてしまうように、世々のおもかげも、やがてぼんやりと霞んで見えなくなっていきます。良きことも悪しきことも、綺麗なものも醜いものも、すべてが降る雪に包まれて茫々と隠れていきます。そして年が暮れてゆく。とても心に残る時間が流れています。この歌はそんな歌です。

雪がふる、という言葉には、「降る」と「経る」という二つの言葉が重なっています。雪が降るように時間も経っていくのです。経過する時がさまざまな思い出を「かきくらす」のです。つまり、さまざまな出来事の思い出が、だんだんとぼんやりして、暗くなってゆく。「かき」は接頭語ですから意味はありません。春の梅も、夏のホトトギスも、秋の恋も、冬の枯れ野も、すべてがしんしんと忘れ去られてゆく年の暮れなのです。とても大切な、一年の節目ですね。今はこうした節目がどんどんなくなっています。いつも同じことになっている。節目があるからこそ暮らしは豊かなものになるのですがね。お正月が特別なのも、この歌のような年の暮れがあるからです。今は、カウントダウンで大騒ぎをするような大晦日もありますが、私たちが共有できるのは、雪がふるように、しみじみとした時間の流れる年末の風情ではありませんか。除夜の鐘とともに一年が暮れてゆく。

冷泉の家の祖のひとりである藤原俊成は91歳で亡くなりました。とても長寿です。鎌倉時代の91歳ですから。長寿であることはとてもめでたいことです。日本人はめでたいことがあると万歳をしますよね。万の歳です。時が千代に八千代に積み重なり、万の歳を迎える。これほどめでたいことはない。長老というのは、もうその存在だけでありがたい。万代(よろずよ)を得た人には、それだけで大きな価値があったのです。けれど、人の死は突然にやってきますよね。だから「相変わらず」が大事になります。今年も来年も同じ季節が巡り、同じ行事がつづき、同じ時間を共有する。それが人々の喜びなのです。相変わらずの積み重ねが長寿につながり万歳につながる。今の時代「相変わらず」にはあまり人気がありませんね。皆が変化を求めている。それも良いのですが、相変わらずの幸せを感じられる方が暮らしを豊かに過ごせる気がします。節目のある時間の流れがつづいていって、積み重なったその先に万歳がある。節目節目に感慨があり、安寧がある。

東山魁夷さんに「年暮る」という絵があります。昔の京都ホテルから東山の方を眺めて描いた古都の年の瀬です。低く連なってつづく町家や寺院の甍が鴨川を手前に画面の奥へと積み重なっています。そこに静かに雪が降っています。瓦屋根の下で人々が年の終わりの節目を過ごしているのでしょう。とても良い絵です。名作です。年暮る、という絵の題が良いですね。日本の年の暮れの美、皆が心に浮かべることの出来る年の瀬の思いです。(第三歌・了)

藤原俊成女[ふじわらのとしなりのむすめ]生没年不詳
実父は尾張守左近少将藤原盛頼、母は八条院三条(俊成の娘)。俊成は実の祖父になるが、その養女となったため、俊成女と呼ばれる。後鳥羽院主催の建仁元年(1201)八月十五日撰歌合が「俊成卿女」の名の初見。同年の院三度百首(千五百番歌合)にも詠進している。同二年(1202)、後鳥羽院に召され、女房として御所に出仕。後鳥羽院を取り巻く歌壇の中心的人物として活躍。貞永二年(1233)頃には、兄定家の『新勅撰和歌集』撰進の資料として、家集『俊成卿女集』を自撰している。新古今和歌集の28首をはじめ、勅撰和歌集に合計116首を入集させている。
風かよふねざめの袖の花の香にかをる枕の春の夜の夢(新古112)
したもえに思ひ消えなむ煙だに跡なき雲のはてぞかなしき(新古1081)


プロフィール

冷泉貴実子

事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!

田中康嗣

特定非営利活動法人 和塾 代表理事。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。

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