文庫だより玄武町余聞

桃の節句~ひなまつり~

満開の桃を愛でながら

代々、夫人のお輿入れの際には、一対のひな人形を嫁入り道具として持参してきました。この風習がいつから始まったものなのか定かではありませんが、現在も数多く伝えられています。

22代当主夫人恭子(ゆきこ)のひな人形


最も古いもので、江戸時代中期頃のものでしょうか。かつて冷泉家は、大納言を極官(ごっかん・その家が叙任を受けられる上限の官位)とする家格でしたので、その制度が残っていた明治までのひな人形は皆、大納言の装束をしています。

その後大正時代以降には、市販のお人形を求めるようになったため、一般的な内裏雛と同じく天皇皇后両陛下のお姿をしています。封建制度下にあった時代にはやはり、天皇皇后両陛下のお姿を形取る行為は、恐れ多くてとんでもないという考えだったのでしょう。

大納言の装束を纏う有職雛 
経年劣化により弱っているので慎重に扱う

お人形と共に人形用の食器や家具など可愛らしいミニチュアも並び、毎日、高坏(たかつき)にお菓子を載せて差し上げます。

可愛らしいお菓子が春を彩る

公家のひな人形は、男雛・女雛の一対のみです。三人官女や五人囃子などのいる豪華な段飾りは武家や町人に伝わる文化ですので、当家にはありません。その代わりというわけではありませんが、当家では、一緒に御所人形をお飾りすることが慣わしになっています。

御所人形は、胡粉を塗った白くつややかな肌に三頭身ほどの体形が特徴的な可愛らしいお人形です。御所の慶事や行事などで贈答によく使われたことから、御所人形と呼ばれるようになりました。

そのなかでも、忘れてはならないのが西王母です。

展示作業を終え、人形の前で語らうスタッフたち
写真中央上方の大きなお人形が、「西王母ちゃん」

写真右側の、ひときわ大きいお人形が「西王母ちゃん」です(私たちは親しみを込めてこのお人形を「ちゃん」付けで呼んでいます)。唐風の衣装を着けた姿で、団扇をもっています。衣装は着脱式で、とてもしっかりとつくられています。

西王母は、中国で信仰されてきた仙女です。崑崙山に住み、三千年に一度しか実をつけず、その身を食べると不老長寿を得られるという仙桃を統(す)べていたとされます。西王母が管理するこの桃について、大和言葉では「三千歳(みちとせ)に一度(ひとたび)実る桃の実」として、しばしば和歌にも詠まれます。

みちとせに なるてふ桃の ことしより 花咲く春に あひにけるかな 

 (凡河内躬恒・『拾遺和歌集』)

 大意:三千年に一度実が成るという桃が、今年から花が咲くというめでたい春に、ちょうど巡り合ったことだ。

<参考文献>「新日本古典文学大系 第7巻」(岩波書店/1990)


この記事を書いた人

野村渚

学芸課長 第24代当主為任・布美子の次女久実子の次女。
この4月から勤務し始めたひよっ子。
子供の頃からの耳年増で、なんとか日々をしのいでいます。

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