文庫だより為人愚記・第五話

為人愚記
第五話

田舎育ちの私にとって、スキヤキはたいへんなご馳走。上等な牛肉を入れ込む盆や正月以外は鶏肉のスキヤキだ。郷里では、家族に何か良きことがあると父が家の鶏をつぶしてくれる。羽をむしり取り、残った羽毛を火をつけた藁で炙って取り除き、醤油とザラメでスキヤキにする。ありがたく鶏の生命をいただく経験は貴重なものだ。今では、あらゆる食材が綺麗に処理された状態でスーパーの棚に並んでいるから、生命をいただく、という感覚がほとんどないのではないか。今どきの子供たちに鶏をつぶすところを見せようものなら、いただきますの感謝の気持ちどころではなく、衝撃を受けて鶏肉を食べられなくなるのがオチだろう。
スーパーの棚では、食材の種類も売れ筋を中心にごく限定されたものになっていて選択肢が少なくなっている。昔の日本人は、いまよりずっと多種多様な食べものを楽しんでいた。鳥の肉でも、鶏はもとより雉子や鶉、鴨、雁、千鳥、鷺、雲雀、雀、鳩、椋鳥、鷹、百舌、鶫・・・、鶴や白鳥まで食べていた。多様性に世間の注目集まる昨今だが、現実の社会はどんどん多様性を失っているのではないだろうか。


プロフィール

冷泉為人

財団法人冷泉家時雨亭文庫理事長 第25代当主。
1984年に冷泉家の末裔である貴実子さんと結婚、婿養子に入る。
どんなに困っていても千年のプライドがあって人にものを頼むことができない冷泉家の人を知った時に「ホンマ、えらいとこに養子に来てしもうたと何度も思いましたわ」と語っている。

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