文庫だより為人愚記・第四話

為人愚記
第四話

昔から、包丁を眺めるのが好きだ。といってもアブナイ話しではない。料理が好きで、さまざまな食材を調理するうちに、道具としての包丁に惹かれるものがあったのだ。婿入り前、冷泉の家の乞巧奠のとき、鯛をさばく手伝いをしたことがあった。けれど、包丁が良くない。これでは、鯛を上手に扱えない。研ぎ直そうとしたのだが、砥石もだめ。だから、包丁三本と砥石を持って婿に入った。冷泉の長い歴史の中で、包丁を持参して家に入った当主は私だけではないかと思う。
私の故郷は、兵庫県の三木市に近い。この町は、昔から打刃物で有名で、「播州三木打刃物」と呼ばれている。冷泉家が所領していた播磨国三木郡細川荘もちょうどそのあたりであることは、婿入り後に知った。播州三木で鍛冶が行われるようになったのは今から1500年も前のこと。江戸時代には一大産地となり、包丁のみならず、小刀や鉋、鑿など多種多様な打刃物がつくられたという。食後の食器洗いが面倒で放置することになり、家人に多大なるご迷惑をおかけすることになるので、今では家の台所に立つこともなくなったが、綺麗な包丁を眺めて悦に入る時間は大切にしている。


プロフィール

冷泉為人

財団法人冷泉家時雨亭文庫理事長 第25代当主。
1984年に冷泉家の末裔である貴実子さんと結婚、婿養子に入る。
どんなに困っていても千年のプライドがあって人にものを頼むことができない冷泉家の人を知った時に「ホンマ、えらいとこに養子に来てしもうたと何度も思いましたわ」と語っている。

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