文庫だより冷泉貴実子
やまと歌がたり

冷泉貴実子
やまと歌がたり
第十三歌

聞き書き・田中康嗣

秋萩の 咲き散る野辺の 夕露に ぬれつつ来ませ 夜は更くるとも
柿本人麿

日本の秋の花と言えば萩。くさかんむりに秋と書きます。万葉集には萩を詠んだ歌が142首もあります。草花を詠んだ和歌の中では最多、梅よりも桜よりも多いのです。山上憶良の有名な秋の七草の和歌「萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花」でも一番最初が萩の花。着物や器などの文様にも萩がたくさん。名実ともに日本の秋を代表する植物なのですが、近頃はあまり人気がありませんね。秋に二度目の開花時期を持つ薔薇や秋桜とも書くコスモスに負けてしまっています。けれど、萩の美を発見したのは日本人だけだと言いますから、バラやコスモスに比べると少々地味ですが、忘れずにいて欲しいと思います。

さて、では、柿本人磨の和歌を読みましょう。萩の花が秋の野辺に咲き乱れています。萩の花は小さな蝶型で色は紅や白。緑の葉はこれも小さな楕円形で三枚一組の複葉です。その萩の花や葉に夕露が置かれている。小さな可愛い花や葉に白玉のように真珠のように夜露が載って光ります。枝垂れた枝が秋風に吹かれ、飛び散る露が美しい。日本人は枝垂れる植物がとても好きですね。柳や薄、枝垂れ桜に藤の花。木の枝がしなる様子は和歌でもよく詠まれています。萩には「萩の花ずり」という言葉もあります。萩は低木ですから、花の咲く中を歩くと花で衣が染まることを言います。「萩の下露」と「荻の上風」は対になって詠まれますね。和漢朗詠集には藤原義孝の「秋はなほ夕まぐれこそたゞならね荻の上風萩の下露」が採られています。露が置かれた萩の原を行くと、着物の裾が濡れてしまいます。それでも「来ませ」、つまり、来てくださいね、と。「ませ」というのは敬意を表す助動詞「ます」の命令形です。たとえ深夜になろうとも、お待ち申し上げていますから、と。美しい秋の景色と瑞々しく儚い恋の思いがひとつになっている綺麗な和歌です。

この頃の恋愛は、もちろん妻問い、つまり男性が女性の元を訪ねるカタチで進みます。黄昏時にやって来た男性は夜が明けると帰って行きます。女性はひたすら待つだけです。そうなると、男性の一方的な勝手気ままで恋愛が進展しそうですが、そう単純な話しではありません。訪ねてきた男性が女性の家に入れない、ということが結構あったのです。つまり、女性の側に拒否権があるのですね。当時の恋は、手紙のやり取りで始まります。男も女もそこに書かれた和歌の善し悪しで恋心が深まっていきます。書かれた文字の美しさや、用いられる料紙や焚き込まれた香の善し悪しで恋心が燃え上がる。今のように、外見で異性を選ぶようなことはまったくありません。女性は御簾の内に隠れていて、姿を見せることなどないのですから、恋に容姿はほとんど関係ない。クレオパトラや楊貴妃とは違います。その評価は、教養の高低で決まるのです。すがたかたちは妻問いが成就して男が御簾内に入って初めて目にすること。それも、黄昏時から夜明けまでの間ですから、電灯もない当時の部屋の中でどれほど見えていたのか。恋に際して容姿より教養が問われる。教養は容姿と違って自らの努力で高めることができますから、外見優先の今の恋愛より平等で高尚な気がしますが、どうでしょう。

もうひとつ、日本の和歌は自己表現、自己主張とは違いますから、恋の歌もある意味自由な創作になりますね。自分自身の実体験を表現するわけではありませんから、自由に詠める。老人が若者の恋を詠むこともあれば、女性が男性の思いを詠むこともあります。今でも、演歌の世界はそうですよね。中年のオジさんが女心を歌ったりする。男性である人麿が、好いた人を待つ切ない女心を詠んだこの和歌も、いかにも日本の歌。この歌を読んだ誰もが共有できる、美しき日本の秋の儚い恋のもの語り、うた語りです。(第13歌・了)

柿本人麿[かきのもとのひとまろ]
万葉集の代表的歌人。生没年、経歴ともに不詳。その名は上代の史書に見えず、閲歴については万葉集が唯一の確実な資料とされている。万葉集には少なくとも八十首以上の歌を残している。また、勅撰二十一代集では、二百六十首程の歌が人麿作として採られている。紀貫之は人麿を「うたのひじり」と呼び(古今集仮名序)、藤原俊成は時代を超越した歌聖として仰いだ(古来風躰抄)。
近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ(万葉集_巻三・266)
あしひきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む(拾遺和歌集・百人一首)



プロフィール

冷泉貴実子

事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!

田中康嗣

特定非営利活動法人 和塾 代表理事。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。

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