文庫だより冷泉貴実子
やまと歌がたり

冷泉貴実子
やまと歌がたり
第十二歌

聞き書き・田中康嗣

雲間より 星合ひの空を 見わたせば しづ心なき あまの川浪
大中臣輔親

月を詠んだ和歌は、とてもたくさんあります。ところが、星を詠んだ和歌は、知る限りほとんど見当たらないのです。月の美しさには深く広く心を寄せる日本の歌人たちが、見方によっては月以上に夜空を彩っている星たちを詠むことがない。和歌の不思議のひとつです。中国の星座は飛鳥時代には日本に入ってきているようですし、キトラ古墳や高松塚古墳には天体図が描かれているといいますから、日本人が星の存在を認識していなかったというわけではないようですが、なぜか和歌には星を詠み込んだものがほとんどない。どうしてなのでしょうね。

例外的に星を詠んでいるのが七夕の和歌。「しっせき」あるいは「しちせき」と読む七夕は、元は中国の物語ですね。天の河の東に天帝の娘である織女が住んでいました。彼女は機織りが得意で、毎年雲錦の天衣を織っていた。ところが、河の西に住む牽牛郎と結婚した後、機織りを止めてしまいます。腹を立てた天帝は、織女を河の東に戻し、一年に一度だけ牽牛郎と会うことを許したのです。これが、みなさんもご存じの七夕の物語の原型です。この物語が節句の行事だった乞巧奠(きっこうてん)と融合して、いつしか織女と牽牛の出会う日も七月の七日に。それが日本に伝わり宮中の行事として定着するのですが、その過程で登場人物やストーリーが少しずつ変わっていきます。織女は貴族のお姫さま、織姫に、牽牛は若君である彦星に。中国では、織女が天の河をわたって牽牛に逢いにゆくのですが、日本では川を渡るのは彦星に。渡る方法も、中国の物語ではカササギの翼を延べて橋とするものなのですが、日本ではこのカササギの渡せる橋に加えて、紅葉の橋を渡ったり、月の御船に乗って渡ったり、輿に乗って渡ったりとさまざまになります。いずれにせよ、日本では織姫の元を彦星が訪ねる。たった一日、一夜だけの逢瀬です。だから、待つ織姫も向かう彦星も心が浮き立ちます。翌日の八日の朝には、もう川の向こうへ戻らなければならないのですから。

そんな、儚くも愛おしい七夕の夜空を歌ったのがこの和歌です。雲の間から、二つの星が見え隠れしています。西洋の星の名では、織女が琴座の一等星ベガ、彦星は鷲座の一等星アルタイルですね。ちなみに、ベガもアルタイルも鷲にちなんだ名前のようで、羽を広げると立派な橋になりそうな気もします。そして、この二星の間に横たわっているのが天の川。この星群は、太陽系も含めた銀河(天の川銀河)がその正体です。直径は10万光年、含まれる恒星の数は2000億個だそうです・・・。ともかく、星が川を成すようにたくさんある。小さな無数の星がキラキラと輝いて流れる大河の川浪のよう。特に、七夕の夜の天の川は、短い逢瀬を迎える織姫と彦星の揺れるココロを映すように、「しず心なき」ありさま。「しずこころ」は「静心」と書きますから、それがない、つまり心静かではない、なんだか落ち着かない様子です。天の川の水面の波が、二星のそわそわ、やきもきする気持ちのようですね、というのがこの和歌なのです。

彦星が渡り、織姫が待つ天の川の岸には、秋の七草が咲き乱れ、その葉の上には夜露の玉が置かれ、萩や薄が秋風に揺れ、虫たちがすだく。蒸し暑い夏が過ぎ去り、恋の季節がやってきます。一年(ひととせ)に一度(ひとたび)の逢瀬を契る二つの星のお話しです。この歌は、和歌の中では珍しい星を詠んだ一首です。けれどそれは、星そのものの美しさというより、星をめぐる美しいお話しを詠んでいるように思います。秋の初めの夜を彩る星の瞬きのような恋の物語。今年の七夕も(もちろん旧暦の七月七日のことですよ)、二星が出会える綺麗な星空だといいのですが。(第12歌・了)

大中臣輔親[おおなかとみのすけちか]
平安中期の公卿・歌人。祭主頼基の孫。祭主・神祇大副能宣の長男。母は越後守藤原清兼女。子に伊勢大輔がいる。大中臣氏重代の歌人で、三条天皇・後一条天皇・後朱雀天皇の三代にわたって大嘗会和歌を詠進したほか、屏風歌の制作や歌合でも活躍した。拾遺集初出。勅撰入集三十一首。家集『輔親卿集』がある。中古三十六歌仙のひとり。長暦2(1038)年、享年85で薨去。
あしひきの山郭公里なれてたそかれ時に名のりすらしも(拾遺1076)
いづれをかわきて折らまし山桜心うつらぬ枝しなければ(後拾遺89)


プロフィール

冷泉貴実子

事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!

田中康嗣

特定非営利活動法人 和塾 代表理事。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。

文庫だよりLetter From Shiguretei Library