厄払いのお祀り
五月雨の降り続く旧暦五月、厄払いのお祀りを行います。五月五日の節句は、厄払いに起源をもちます。強い芳香を放つ菖蒲や蓬は、古代中国において邪気を祓うものであると考えられました。これが日本に伝わり、平安時代には「端午の節会(たんごのせちえ)」として宮廷行事の一つになりました。
清少納言の『枕草子』には次の一文があります。
節は五月にしく月はなし。菖蒲・蓬などの香りあひたる、いみじうをかし
(三十六段)
その後、菖蒲や蓬などを用いた端午の節句の行事は一般に広まり、軒菖蒲、菖蒲葺や薬湯として地方色豊かに発展していきました。特に武家の時代、菖蒲の音が尚武につながることから、子供の成長や武運への願いに転じたことはよく知られています。
現在では兜飾りやこいのぼりがメインの子供ための御祭りであると考えられがちな端午の節句ですが、由来は疫病退散、無病息災にあり、かつては菖蒲・蓬飾りが重要なお飾りだったのです。
当家では、「大将さん」と呼びならわす人形をはじめ、厄除けの菖蒲飾りや旗、吹き流しなどを飾り、無病息災を願います。この飾り方がいつ頃から始まったものなのか、詳しいことはわかっていません。他に例が無く、新たな作り手もいない今、この形式の飾りは、ここにあるものだけになってしまいました。
珍しいものですので、会員見学の際、または展覧会など開催させていただく際にはこのお飾りを展示し、長年皆さまの好評を博しております。しかしそもそも邸内の飾りとして作られたものですので、耐久性がなく、年々経年劣化が進んで、破損や欠失個所も目立ってきていました。
そこで2022年、まずは最も劣化が酷く且つ重要な役割を持つ菖蒲飾りを修理することにいたしました。和紙と少量の木材、針金を用いた脆弱なつくりである菖蒲飾りは、菖蒲、蓬の葉が外れ落ちるだけでなく、折れやメクレ、断絶、変退色、針金の錆など、見た目を著しく阻害していました。せめて葉をまっすぐに整え、失った分の葉を増やし、美観を整えることを目的に修理を行いました。細部を見ると過去にも同様の修理が行われた形跡があり、糊やテープで貼り合わせた跡が散見されます。今回はそうした過去の修理にはできる限り手を入れず、テープの変色等劣化が著しいものの除去にとどめた修理を行いました。修理材料には和紙や小麦でんぷん糊、竹ひごなど古典的なものを採用しましたが、針金については経年劣化の少ないステンレス製を用いました。
以下にその過程を記します。
1 パーツの作成
①軸となる針金に和紙を巻き付ける。
②菖蒲の葉は色のついた和紙二枚の間に厚紙を全面糊張りして厚さ、硬さを出し、板に貼りこんで乾かす。半乾きの状態で木べらを用いて葉脈の筋をつける。十分に乾燥したら剥がし、現物と同様の幅で裁断する。先を斜めに裁断する。
③蓬の葉を作る。①の針金を和紙の間に挟んで全面糊付けし、乾いたら葉の形に切り出す。木べらで葉脈の筋をつける。彩色を施し、手芸用アイロンで形を整える。彩色は現物よりも目立たないよう、やや抑えた色調に留める。
2 現物の補修
①折れ曲がった菖蒲の葉に薄い糊液を塗布し、手芸用アイロンで形を整える。
②菖蒲の葉の剥がれた箇所に糊を差し、圧着する。
③ちぎれかけた菖蒲の葉に、裏面から継ぎをあて、補修する。
④針金の錆を落とす。
3 組み立て
①亡失箇所に菖蒲の葉を糊で付け足す。
②蓬の葉を付け足す。
③形を整える。
4 全体の形を整える。完成
また、今回の修理に伴い、制作方法の研究・記録の為、復元作品を製作いたしました。こうして記録することで、次代への保存と修理へと備えることが重要であると考えています。
復元した作品は数量限定で会員向けに頒布いたしました。お志は所蔵品の修復に活用させていただくこととし、早速にこの端午の節句飾りの中から、馬人形の修理が決定いたしました。
このように、当家には文化財の指定を受けることはないものの、確実に次代へと引き継いでいくべき慣わしやそのための道具類が多数存在しています。それらの保存修理と活用に向けて、今後も良い循環を作っていきたいと思います。
この記事を書いた人
野村渚
学芸課長 第24代当主為任・布美子の次女久実子の次女。
この4月から勤務し始めたひよっ子。
子供の頃からの耳年増で、なんとか日々をしのいでいます。