文庫だより冷泉貴実子
やまと歌がたり

冷泉貴実子
やまと歌がたり
第六歌

聞き書き・田中康嗣

見渡せば 柳桜を こきまぜて 都ぞ春の 錦なりける
素性法師

花ざかりに京を見やりてよめる、という詞書が添えられた素性法師の和歌です。春の盛りの京都は、まさに錦さながらの美しさ。柳の浅緑(あさみどり)と桜の薄紅(うすくれない)。春の都を彩る見事な色彩の競演が眼前に広がるような素敵な歌ですね。

この歌では、どこか都に近い山などから遙かに見渡した景色が詠まれています。「見渡せば」ですから、遠望しているということです。ですが、いつも申し上げているように、和歌の世界では、それは必ずしも歌人が目にした実景でなければならない、ということではありません。大切なのは、この歌に接した人々が皆、綺麗だなあ、と思えること。さて、ではどのように綺麗なのか。
まず、柳の美です。柳といえば、一年の初めに芽を吹く樹。茶の湯の初釜でも床には必ず結び柳が飾られます。床の柳釘にかけた青竹の花入れに長い柳の枝を、中ほどでひとつ輪にして結び、残りを床に垂らします。中国の故事に由来する床飾りという話しですが、顔を出した柳の新芽が新しい歳の始まりを茶会に集う人々に知らせていますね。この新芽は浅緑色、つまり明るく淡い黄緑色で、一斉に芽吹くとそれだけでも本当に綺麗です。日本人は柳がとてもお気に入りですね。「青柳」や「若柳」という名の日本料理屋さんが全国にたくさんあります。名古屋には青柳という外郎(ういろう)がありますし、日本舞踊には若柳流も花柳流もある。日本の街路樹といえば、昔から柳がいちばん。銀座の柳は今でも大都会の風に揺られています。
さて、この柳の浅緑に「こきまぜて」都の春をさらに鮮やかに飾るのが桜です。今も昔も、日本人は本当に桜花が好きですね。日本の国の花にもなっています。古今和歌集には、春上と春下にまたがって合計41首もの桜の歌群があります。夏の歌が34首、冬の歌は29首ですから、桜だけでそれらを越えているのです。その一首目は「今年より春知りそむる桜花散るといふことはならはざらなむ(今年初めて花をつける桜の若木よ、どうか散ることなどは覚えないで)」。最後が「桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける(桜を散らした風の名残なのか、空に花びらが舞い波が立つよう)」。いずれも紀貫之による和歌です。平安の頃にソメイヨシノはありませんから、こうした歌に詠まれた桜はみな山桜。その花は、満開になると白色にちかくなるソメイヨシノより少し濃いめのピンク。山桜の種類は多いので、彼方此方で咲く桜花は多彩な薄紅色で都を染め上げていたことでしょう。緑柳と紅桜に彩られた都の春の景観は本当に綺麗。香川景樹の『古今和歌集正義』には、「植ゑ連らなれる朱雀大路の柳の中に、家々の桜咲き交じりたらん、げにもあやしく織り出でたる錦なるべし」とあります。「柳桜をこきまぜ」たその色取りはまるで錦のようだということです。

この錦というのは、多彩な色糸で織り出した高級絹織物のこと。日本には奈良時代に中国からもたらされた織物で、その価値が金に等しいので、金と帛(絹)を並べて「錦」と名づけられたようです。色の美しさといえばこの「錦」がその象徴。紋様の美しさを表す「綾」と合わせて「綾錦」という言葉もありますね。京都の通りの名前にもあります。四条通を挟んで北が錦小路、南が綾小路です。京の都は色取りも模様も綺麗なところです。

その京都の春の盛り、毎年4月には「都をどり」が開催されます。祇園甲部の芸舞妓が華やかな舞いを披露します。明治5年(1872年)がその第1回なのですが、その時披露された舞踊の作詞を手がけたのが、冷泉家21代の為紀(ためもと)です。貴族院議員であり、伊勢神宮の大宮司でもあった為紀さんが、都をどりの歌詞を創った。都をどりをご覧になると、今でもその始まりは「都をどりはヨーイヤサー」の掛け声と共に左右の花道から柳と桜の団扇を手にした芸舞妓が舞台へと出てきます。これはまさに素性法師のこの歌そのものですね。冷泉為紀さんもきっとこの歌が大好きだったのでしょう。(第六歌・了)

素性法師[そせいほうし]生没年不詳
三十六歌仙の一人。僧正遍昭の子。俗名は諸説あるが、「尊卑分脈」によれば良岑玄利(よしみねのはるとし)。父・遍昭と共に宮廷に近い僧侶として和歌の道で活躍。宇多上皇に召され、供奉して諸所で和歌を奉り、醍醐天皇からも寵遇を受けた。死去の際には紀貫之・凡河内躬恒が追慕の歌を詠んでおり、生前から歌人としての名声は高かった。古今和歌集では三十六首入集し、歌数第四位。勅撰入集は計六十三首。定家の小倉百人一首にも採られる。
今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな(古今691・百人一首)
あらたまの年たちかへるあしたより待たるるものは鶯のこゑ(拾遺5)
ぬれてほす山ぢの菊の露のまにいつか千とせを我は経にけむ(古今273)


プロフィール

冷泉貴実子

事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!

田中康嗣

特定非営利活動法人 和塾 代表理事。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。

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