文庫だより冷泉貴実子
やまと歌がたり

冷泉貴実子
やまと歌がたり
第二十歌

聞き書き・田中康嗣
写真提供・吉田亮人

星合ひの 夕べすずしき あまの川 もみぢの橋を わたる秋風
西園寺公経

星合ひ、というのは星が出合うということ。旧暦七月七日の夜、牽牛星と織女星が一年に一度だけ相会することを表す言葉ですね。つまりこの言葉「星合ひ」があれば、その一首は、七夕を詠んだ和歌になります。七月ですから季節は秋。その夕刻は、既に涼しさを感じることができる気候です。天空には、たくさんの星々が輝く天の川が見える。そこにモミジの橋がかかっているというのです。古今和歌集に在原業平の有名な和歌がありますね。「ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは」。百人一首にも採られていますから、ご存じの方も多いかと思います。秋の川面に紅葉が散り敷かれている。神々の時代でも聞いたことがないほど美しい秋の景色を詠んだ一首ですね。そんな川面の紅葉を橋に見立てた。天の川の紅葉の橋の上を秋風が涼やかに吹き渡っています。秋は風とともにやって来るのですね。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風のおとにぞおどろかれぬる」です。そして、牽牛星は秋風と一緒にこの紅葉の橋を渡り、彼を待つ織女星の元へ行きます。二星が出合う美しい七夕の物語です。

さてこの七夕ですが、冷泉家での行事について少しお話ししましょう。冷泉の家では、七夕の行事は二つあります。ひとつは、乞巧奠(きつこうてん)と呼ばれる歌道の門人たちが中心になって行われるもの。この行事は、冷泉家で執り行う行事ですが、外部の会場をお借りして実施し、多くの方にご覧いただくこともありますから、ご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。今どきは、インターネットなどで検索をするとその様子をご覧になることができるようです。そして、もうひとつの七夕が、冷泉の家族が中心になって行う行事。こちらは、ご覧になる機会はほとんどないでしょうから、今回はこちらのことを少し詳しくお話ししましょう。

家族を中心に行う七夕の行事は、実は乞巧奠より古い伝承を持っています。行事ではまず、祭壇を上ノ間の階(きざはし)に面する南庭の西側に設けます。筵を敷いて文机をひとつ。机の上には、秋の七草、萩・尾花・葛・撫子・女郎花・藤袴・朝顔、を錫の花入れに活けて置きます。花入れの横には、火口(ほくち)が七つある特別な火皿を載せた手燭を一台。火口には七組の灯心が置かれ、夕刻には火を灯し七草とともに二星に手向けます。合わせて、上ノ間にも机を出し、そこに梶の葉と硯箱を用意します。この時に使う硯箱は、梶の葉が描かれた「七夕硯箱」(嘉永七年=1854年に作られたものです)。家族それぞれが、その梶の葉に「天川とほきわたりにあらねども 君が舟出は年にこそまて」という和歌(万葉集にある和歌ですが、和漢朗詠集の七夕にもあります)を散らし書きにします。かつては、芋の葉に置かれた露を集めて墨をすって書いたといわれています。祭壇の向こうに笹を立て、和歌を書いたこの梶の葉と短冊や色紙をつるします。夜になると、家族ひとりひとりが七夕の七つの題に添って一首ずつ合計七つの和歌を詠み、それを懐紙に認めます。その懐紙を祭壇の文机から星に捧げるのです。大勢が参加して雅楽の演奏などもある乞巧奠とは違いますが、この家族だけの七夕も、冷泉の家にとっては、昔々から毎年毎年行っている、とても大切な初秋の行事なのです。年々歳々、昔からの相変わらずの行事で季節の節目を過ごすこと。大切にしたいですね。古いものは何もかも切り捨てて、新しいものを追い求めて右往左往する今の日本では、つづけることの重さも深さも顧みられることがないようですが、それで良いとは思えません。800年も前に詠まれた七夕の和歌を、令和に暮らす私たちが、そのままに受け取り愉しみ愛でることのできる長い文化の積み重ねを、秋の夜空を見上げながら、思い返しましょう。(第20歌・了)

西園寺公経[さいおんじきんつね]
平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての公卿・歌人。内大臣・藤原実宗の子。官位は従一位・太政大臣。西園寺家の実質的な祖とされている。鎌倉幕府四代将軍藤原頼経・関白二条良実・後嵯峨天皇の中宮姞子の祖父、四条天皇・後深草天皇・亀山天皇・五代将軍藤原頼嗣の曽祖父。姉は藤原定家の後妻で、定家の義弟でもある。小倉百人一首では入道前太政大臣。多芸多才で、琵琶や書にも秀でた。新古今集初出(十首)。新勅撰集には三十首を採られ、入集数第四位。新三十六歌仙。
あはれなる心の闇のゆかりとも見し夜の夢をたれかさだめむ(新古1300)
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり(新勅撰1052・百人一首)



プロフィール

冷泉貴実子

事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!

田中康嗣(たなかこうじ)

特定非営利活動法人 和塾 理事長。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。

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