いつのまに 空のけしきの 変わるらむ はげしき今朝の こがらしの風
津守国基
目覚めると、今日は朝から荒々しい木枯らしの音が聞こえています。いつの間にか季節が移っている。季節は晩秋から冬へと転じています。高かった秋の空ももの悲しい灰色の冬空に変わっている。
新古今和歌集の冬歌にある津守国基の歌です。「こがらし」を詠んでいます。木枯らしというのは、晩秋から初冬にかけて吹く強くてつめたい風です。木を枯らす、と書くわけですから、この風は木々の葉を吹き落としてしまう。秋の紅葉もこの風が吹くとすべて飛ばされてしまい、冬の野には枯れ木だけが残ることになります。冬の風ですから、だいたいが北風。空っ風とか鎌鼬(かまいたち)などと同類で、六甲おろしなどの山から吹き下ろす冷たい風もその仲間だと思います。
和歌の中では、その強い風を詠んだり、木々を揺らす強い音を詠んだりします。枯葉を誘う風や音。誘うといっても、勧めたり促したりする誘うではなくて、持ち去ったり浚っていったりすることです。木枯らしが吹いて、樹上の葉がすべて浚われてなくなって、残っているのは松の葉だけ、というような詠がよくあります。嵐のような強い風ですから時にはそれが寝屋の戸を叩いて大きな音を立て、恋に悩む人の夜を眠れぬ時間にするとか、ぐっすりと眠っていた人を目覚めさせる、などという歌はたくさんありますね。同じ夜でも空の上ではその風が雲を追い払い月を吹き出します。定家さんの和歌に「よしさらば 四方の木枯し 吹きはらへ 一葉くもらぬ 月をだに見む」(拾遺愚草・上・秋日侍太上皇仙洞同詠百首応製和歌)というのがありますね。
いずれにしても、木枯らしの歌というのはどこかもの悲しいものです。春の風や夏の風にはない感覚です。秋の風は少し哀しみを含んでいますが、木枯らしの方が断然厳しい。強くて冷たくて、木の葉をすべて落としてしまい、生きとし生けるものが身を縮めて過ごす容赦のない冬を連れてくる。それが木枯らしですから、昔の日本人の感覚としては、できればあまり吹いてほしくない風だったでしょう。けれどいつも申し上げているように、そんな厳しい季節であっても、それを受け入れ慈しむのが日本の人々です。木枯らしが吹くとあまり良いことはないのですが、良いことばかりでは人生はつまらない。それに、灰色の冬空の下、木枯らしが木々を揺らし葉を落とす景色も、美しい日本の風景のひとつですからね。
余談になりますが、この和歌の作者は、津守国基という歌人。勅撰集に20首を入集させています。津守というのは津つまり港を守る人のことで、この人は代々住吉大社の神主を世襲した家の人です。住吉大社というのは、元々は大阪湾に面して鎮座するお社で、古墳時代から外交上の要港だった住吉津・難波津と関係が深く、航海の神・港の神として祀られた神社なのです。遣隋使や遣唐使は、住吉大社で住吉大神に祈りを捧げた後、住吉津から出発し、難波津を経由し瀬戸内海を経て九州へ向かったそうです。難波津は安積山とともに古今集の仮名序にもその名が記され、難波津安積山の道といえば和歌の道を指しています。そしてこの神社は、平安の頃からは和歌の神として朝廷や貴族からの信仰を集めることになります。宇多上皇が住吉社に参詣した際に和歌を献じたり、歌合に勝った公達が住吉社に御礼参りをして和歌を詠じたり、院政期以降の熊野詣では道中で住吉社に立ち寄って和歌を献じることが多かったようです。定家さんも後鳥羽上皇の熊野御幸に伴い「始めて當社を奉辨して関悦之思ひ極りなし(中略)今此時に遇て此社を拝す、一身之幸也」(熊野御幸記)と日記に綴っています。ちなみに、和歌三神と称されるやまと歌の神さまは、この住吉大神のほか玉津島明神・柿本人麻呂の三柱。玉津島神社は和歌山県の和歌浦にあります。柿本人麻呂を祀る神社はたくさんありますが、今の冷泉の家と関係が深いのは兵庫県明石の柿本神社になります。(第25歌・了)
津守国基[つもりのくにもと]
平安時代後期の貴族・神官・歌人。住吉大社の39代神主。歌道家津守家の祖。津守氏は古来住吉神社の神主を世襲した氏族。父は住吉神主基辰(信国)。延久元年(1069年)従五位下に。白河院に近く、藤原顕季・同公実ら院側近の歌人とも交流している。橘俊綱の伏見邸歌会をはじめ数々の歌会に参列。良暹・賀茂成助らと親交があった。後拾遺集撰進の際、撰者藤原通俊に小鰺を贈り、三首の入集を得たという話しが伝わる。箏や競馬、神楽なども得意とした。家集に『津守国基集』がある。後拾遺集初出。勅撰入集二十首。
薄墨にかく玉づさと見ゆるかな霞める空にかへる雁がね(後拾遺71)
ひとりぬる草の枕はさゆれどもふりつむ雪をはらはでぞ見る(後拾遺409)
年ふれど老いもせずして和歌の浦にいく代になりぬ玉津島姫(国基集)
我が身こそ神さびまされ住吉の木こだかき松の陰にかくれて(続後拾遺1332)
プロフィール
冷泉貴実子
事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!
田中康嗣(たなかこうじ)
特定非営利活動法人 和塾 理事長。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。













































































