冬枯れの 杜の朽葉の 霜の上に 落ちたる月の 影の寒けさ
藤原清輔
藤原清輔による短く儚い冬の美を詠んだ歌です。新古今和歌集に採られています。冬が深まり木々の葉はみな枯れて落ちてしまい、その朽ちた葉の上に霜が降りています。月が出て、白く冴えた月光が霜に映えている。冬の夜の森の中に現れた、寒い寒い、けれどとても綺麗な景色ですね。
冬の和歌には、霜と雪がたくさん詠み込まれています。どちらも寒く白い冬を象徴するものなのですが、和歌に詠まれる感覚は少し異なるように思います。霜の方が儚い。霜の方が寒い。そんな気がしませんか。雪にはどこかほっこりしたところがあるのですが、霜にはない。夜の間に大地に降り注がれた霜は、朝陽とともに消えてゆきます。命が短い。その美しさは、ほんの短い時間だけ。霜の持つ儚い印象は、そんなところから来ているのかも知れませんね。
朝、日が昇ると消えてゆく霜は、それ故に月と合わせて詠まれることが多いようです。月影(月の光)と霜はとても相性が良い。後拾遺和歌集には、藤原国行さんの歌で「白妙の 衣の袖を 霜かとて 払へば月の 光なりけり」があります。白い衣の袖に霜が降りていると思って払ってみたらそれは月の光でした、という一首。定家さんにも新古今和歌集に採られた「ひとり寝る 山鳥の尾の したり尾に 霜おきまよふ 床の月影」という歌がありますね。
この定家さんの和歌にもあるように、霜は「置く」と表現します。雪は置くとは詠みませんが、霜や露は置くと詠む。「我が宿の 菊の垣根に 置く霜の 消えかへりてぞ 恋しかりける」(古今集・恋・564)や「紫に うつろひにしを 置く霜の なほ白菊と 見するなりけり」(後拾遺・秋・358)、「夜を寒み 寝覚めて聞けば 鴛ぞ鳴く 払ひもあへず 霜や置くらん」(後撰集・冬・478)など、霜は置くもの。現代では、霜は「降りる」と表現することが多く、「置く」とは言いませんから、イマドキの方々にはちょっと違和感があるかもしれませんが、霜は置く、です。この置く霜が、ものの色を深くするという詠もよくあります。霜が置かれることによって、置かれたものの色が変化する。松の緑が霜によって深まったり、浅茅が霜で色づいたり、木の葉を紅葉させるのも霜だったりします。このように、霜はいつも何か別のもの、月とか朽葉とか菊とか衣の袖とかと合わせて詠まれて、その景色に、冬の時季の冷え冷えとした、どこか儚い印象をつける名脇役のような言葉なのです。
日本ではめでたいといえば長寿。健康で長生きすることを祈ることこそが最高の価値観でした。めでたいことがあれば今でも「万歳」三唱。国歌である君が代も「千代に八千代に」です。能や舞踊にも「三番叟」が、結納の時には高砂人形の「尉と姥(じょうとうば)」が、年老いた姿で人々を寿ぎます。還暦を起点に、古稀、喜寿、傘寿、米寿、卒寿、白寿・・・と長寿を祝う機会はとてもたくさん。どちらかというと若さを尊ぶ西洋とは違って、日本では風格のある年寄りや、古色蒼然とした器などに値打ちを感じる。ともかく長く永くつづくことが、千歳万歳、永久の弥栄が日本の根本なのです。長く和歌と接していると本当にそう思います。
ところが、一方で、日本人は儚いものが大好きです。短い命をとても大事にして心に留める。桜花や蛍や蝉・・・。儚いけれど愛おしい。冬の森の落ち葉の上に置かれた霜に月光が落ちる。ほんの一瞬の出来事かも知れませんが、素晴らしい日本の冬の素敵がそこにある。冷え冷えとした風景ですがとても美しいでしょ。この和歌で、長寿を寿ぐ国の儚い美を感じていただければと思います。(第26歌・了)
藤原清輔[ふじわらのきよすけ]
六条藤家顕輔の次男。父顕輔は崇徳院の命をうけ、天養元年(1144)より『詞花集』の撰集に着手。清輔もその補助に当たったが、父・顕輔と対立し清輔の意見はほとんど採用されなかったという。四十代後半に至るまで従五位下の地位に留まったのも、父からの後援を得られなかったためと推測されている(『和歌文学辞典』)。その後二条天皇に重用され『続詞花和歌集』を撰したが奏覧前に天皇が崩御し勅撰和歌集にならなかった。久寿2年(1155年)、父から人麻呂影供を伝授され、六条藤家を継ぎ、御子左家の藤原俊成に対抗した。やがて九条兼実の師範となり、歌道家としての勢威は藤原俊成の御子左家を凌いだ。治承元年(1177)六月二十日、七十四歳で死去。最終官位は正四位下。
著書にはほかに『和歌現在書目録』『和歌初学抄』などがある。千載集初出。勅撰入集九十六首。
ながらへばまたこの頃やしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき(新古1843)
白妙の雪吹きおろす風越(かざごし)の峯より出づる冬の夜の月(続後撰522)
老いらくは心の色やまさるらむ年にそへてはあかぬ花かな(玉葉169)
思ひ寝の心やゆきて尋ぬらむ夢にも見つる山桜かな(続千載89)
プロフィール
冷泉貴実子
事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!
田中康嗣(たなかこうじ)
特定非営利活動法人 和塾 理事長。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。














































































