うつろふも またひと入の 色なれや 秋より後の 露の白菊
徳大寺実維
ご存じの方は少ないかも知れませんが、菊の花はその色を時間の経過と共に変えていきます。黄菊も白菊も花の色は変化します。白菊はつまり白い菊なのですから、始めからお終いまで白い花を咲かせている・・、と思い込んではいませんか。違うのです。菊の色は移ろう。そして、昔の日本人は、その繊細な色の変化をたいそう楽しんだようです。
今回の和歌にも詠まれている白菊は、秋になるとまずごく淡い黄緑色で花を開きます。その後、時と共に徐々に白さが増し、やがて文字通りの真っ白な菊になります。そもそも菊の花はとても日持ちが良く、長い間散ることがない。葉が落ちてしまっても花はまだ茎から離れません。長寿の象徴のように扱われるのも、そうした性質が影響しているのでしょう。そして、秋が深まり冬の足音が聞こえてくると、白い花の中央辺りが微かに紅を差したように色づいてきます。花の上に置かれた霜がその色を変える、とも言われます。これを移菊(うつろいぎく)と言います。最後に枯れて落ちる直前には、白菊は薄紫の花になる。紫は高貴な色でもありますから、お公家さんたちにとっては、白い時分の菊よりも枯れる前の紫の菊の方に一層の愛着があったのかも知れません。薄黄緑から白へ、白から薄紫へ。白菊は移ろう色こそがその美しさの肝なのです。
移ろいながら美しさを増す菊は、さまざまな文芸にも採り入れられています。古今和歌集には「秋をおきて 時こそ有りけれ 菊の花 うつろふからに 色のまされば」がある。色の変わった菊の美しさを愛でる歌ですね。古今集にはもうひとつ「色かはる 秋の菊をば ひととせに 再びにほふ 花とこそ見れ」という歌もあります。色が移ろうことによって、一年に二度美しいのが菊の花だと。他にも、蜻蛉日記には「うつろひたる菊」に文を挿して送る一節があり、源氏物語では、帚木に「菊いとおもしろくうつろひわたりて、風に競へる紅葉の乱れなど、あはれとげに見えたり」とあります。
時を経て変わってゆく花の色に美を見いだすなんて、本当に日本人ならではの感性だと思いませんか。その変化は、とても細やかなもの。徐々に徐々に、繊細で微細な変化なのですが、その密やかな違いを昔の日本人は大層愛でたのです。冬になって霜が置かれ、枯れるその少し前に色づく花の方が、真っ白な盛りの花より一層美しい、と。自然が示してくれるほんの小さな違いに日本人のココロは大きく動かされた。冬の野に咲くちょっとした小紫の菊を皆が待ち焦がれたのです。菊には他にもたくさんの物語があります。深山に流された少年が菊の露を飲んで不老不死となる菊慈童の話しはお能にもなっています。菊の節句ともいわれる重陽の節句では、前日の夜に菊の花に着せ綿を施し、菊の露を含んだその綿で身体を清めて長寿を祈念します。菊酒や菊湯といった風習もあります。この頃には、菊人形が全国各地で展示されますよね。昔から、菊は長寿と結びついて日本でもことのほか愛された存在です。それが、今では、なんだか抹香臭い、お葬式のお花のようになっています。残念なことです。秋から冬にかけて、菊の花は日本中で見ることが出来ます。皆さんもぜひ、その美しさを再確認いただければと思います。時間があるようなら、その移ろう色も愛でていただきたいところです。(第24歌・了)
徳大寺実維[とくだいじさねふさ]
江戸時代前期の公卿。官位は正二位・内大臣。寛永14年(1637年)に叙爵して以降清華家当主として累進し、侍従・左近衛少将・左近衛中将を経て、承応2年(1653年)には従三位となり、公卿に列する。権中納言を経て、寛文元年(1661年)に権大納言となる。寛文9年(1669年)には右近衛大将・右馬寮御監となったが、寛文10年(1670年)には辞した。寛文11年(1671年)に内大臣に就任するも翌年に辞職。徳大寺家は、江戸時代には禁裏北の公家屋敷の一角、今出川烏丸東入北側(冷泉家並び)に屋敷を構えていた。その跡地には明治になって華族会館が建てられ、戦後は同志社大学が取得して、同大学大学院の図書館が建てられたが、烏丸今出川交差点と京都市バスの烏丸今出川停留所の間に旧・徳大寺家の表門がかろうじて往時の名残をその地に留めている。
プロフィール
冷泉貴実子
事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!
田中康嗣(たなかこうじ)
特定非営利活動法人 和塾 理事長。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。












































































