文庫だより冷泉貴実子
やまと歌がたり

冷泉貴実子
やまと歌がたり
第二十八歌

聞き書き・田中康嗣
写真・吉田亮人

初雪の ふるの神杉 うづもれて しめゆふ野辺は 冬ごもりせり
藤原長方

冷泉の家では、初雪が降るとそれを小さな皿に盛って、俊成さんの木像に供えます。冷泉家の祖でもある藤原俊成は91歳まで長生きをされた。その臨終の間際のこと、高熱を出した俊成さんは頻りに雪を食べたいと求めます。息子である定家さんは家司に雪を探させます。11月の終わりの頃のことです。家司は北山まで行ってやっと雪を見つけ、それを俊成さんのいる法性寺(現在、東福寺のある所(東山区本町)にあった藤原忠平建立の寺院)まで運びます。その夜、届いた雪を差し上げると、俊成さんはとても喜んでこれを食べ、「めでたき物かな、なほえもいはぬ物かな、おもしろい物かな」とおっしゃった。翌朝、俊成は臨終を迎えます。定家さんによる『明月記』にそのことが詳しく書かれています。そんなことで、我が家では、初雪が降るとそれを俊成さんに捧げるのです。

さて、この歌で初雪が降っているのは「ふる」つまり布留(奈良県天理市)にあった石上神宮(いそのかみじんぐう)でのこと。国宝の七支刀があることで有名な神宮です。二句の「ふる」には雪が「降る」と神宮のあった「布留」の二つの意味があります。石上と布留を詠み込んだ歌はたくさんあります。「石の上 布留の中道 なかなかに 見ずは恋しと 思はましやは」は紀貫之の詠、「石の上 布留のわさ田を うちかへし 恨みかねたる 春の暮れかな」は俊成女の和歌です。

その神宮のご神木である杉が初雪に埋もれています。そこは神域ですから、注連縄を張り巡らせます。「しめゆふ」は「しめ」(「注連」と書いたり「標」と書いたりします)を結うということ。「ゆふ」には結うという意味の他にもうひとつ「木綿(ゆう)」という意味もあります。注連縄や御幣にはギザギザに切られた紙を付けますよね。あれを「紙垂(しで)」というのですが、元々は紙ではなくて楮などの木の皮を剥いで糸のように細く裂いた物でつくっていました。それを「木綿」と呼んだ。なるべく白いものが良いとされていて、何度も晒して白くしたものを「白木綿(しらゆう)」といって、幣帛(へいはく)として榊などにつけるのです。この「木綿」も和歌にたくさん詠まれています。古今和歌集には「たがみそぎ  木綿つけ鳥か  唐衣  たつたの山に  をりはへて鳴く」や、「ちはやぶる かもの社の 木綿だすき ひと日も君を かけぬ日はなし」があります。禊ぎの時には木綿を用いますし、木綿襷というのは神官が身に付ける襷のことです。
布留の社も神杉も雪に埋もれてすっかり冬ごもりしているようですね、というのがこの和歌です。雪の中に静かに佇む古社の美しい景色ですね。

日本の季節の美しさを象徴するのは「雪月花」という言葉です。和漢朗詠集にも採られている白居易の詩の中の「雪月花時最憶君(雪月花の時 最も君を憶ふ)」に由来するのですが、日本美の中にすっかり取り込まれていますね。冬の雪、秋の月、春の花。ですから、日本の冬といえば、なによりまず雪。中でも初雪は、お公家さんたち皆が待ち焦がれていました。そして、その年初めて雪が降ると皆喜んだ。なぜだか分かりませんが、雪というのはどこか嬉しい。雨が降り始めてもそんな気分にはなりませんよね。けれど、雪はなんとなく少し気分が上がります。不思議なことです。ドカ雪は困りますが、都に降るような一重の雪は、静かな明るさに包まれています。和歌で詠まれる雪にも、いつも少し喜びが入っているように思います。人生最後の時に雪を食べた俊成さん。美味しいね、と言って亡くなった。臨終のシーンですけれど、そこには、なんだか少し幸せな印象があるように思います。念仏を唱えて、気色も穏やかな最後だったようです。今年もまた、初めて雪が降ったら、俊成さんの小さな木像にお供えしようと思います。(第28歌・了)

藤原長方[ふじわらのながかた]
平安時代後期の公卿・歌人。藤原北家勧修寺流葉室家、権中納言・藤原顕長の子。藤原俊成の甥で藤原定家の従兄。久安二年(1146)、従五位下に叙爵して蔵人となる。丹波守・参河守・皇后宮権大進・左少弁・左中弁・蔵人頭・右大弁などを経て、安元二年(1176)、参議に任ぜられて公卿に列する。同三年、備後権守を兼ね、従三位に叙せらる。治承四年(1180)、高倉院の別当となる。同五年、権中納言に昇進。「八条中納言」と称される。寿永二年(1183)、従二位。文治元年(1185)、出家。建久二年(1191)三月十日薨去。享年53歳。元暦元年(1184)の別雷社後番歌合などに出詠。家集に『按納言長方集』がある。千載集初出。勅撰入集四十一首。定家撰「百人秀歌」に撰入されている。
ながらへば我が世の春の思ひ出でにかたるばかりの花桜かな(続古今1516)
心をぞつくし果てつるほととぎすほのめく宵のむら雨の空(千載167)
つれなきを猶さりともとなぐさむる我が心こそ命なりけれ(続古今1067)



プロフィール

冷泉貴実子

事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!

田中康嗣(たなかこうじ)

特定非営利活動法人 和塾 理事長。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。

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