文庫だより冷泉貴実子
やまと歌がたり

冷泉貴実子
やまと歌がたり
第二十七歌

聞き書き・田中康嗣
写真・吉田亮人

見るままに 冬は来にけり 鴨の居る 入江の汀 薄凍りつつ
式子内親王

日本の冬の鳥といえば、水鳥です。鴨や鴛鴦(おしどり)、鳰鳥(におどり)に千鳥。冬の歌ですから、寒い寒い景色の中に水鳥がいる。集くのも眠るのも冷たい水の上。時には氷の枕や氷柱の枕で寝ることも。水鳥たちは、どうしてそんな寒さのただ中に居るのでしょうか・・・(不思議なことですね)、と詠むことが多いようです。

この歌もそう。入江、つまり池なのか湖なのかが陸地に入り込んだところにある水際に鴨が羽を休めています。よく見ると、その水面は薄らと凍ってきています。見ての通り、冬がやって来たのですね、という和歌です。鴨は自分の考え?でそこに居るのでしょうが、どうしてまた、そんなに冷たいところで佇んでいるのでしょう、寒くはないのかしら。というのが、この歌の後ろ側に込められた歌人の気持ちだと思います。

詠まれた景色は、冷え冷えとした厳しい冬の水際。汀(みぎわ)というのは池や湖が陸地と接しているところのことです。ほとんど同じ意味合いの言葉に渚がありますが、こちらは海の波打ち際といったニュアンスが強いように思います。「逢ふことの 渚にし寄る 波なれば うらみてのみぞ たちかへりける」(在原元方・古今集626)の歌にあるように、波が打ち寄せるイメージですから、薄氷が張る景色とは違います。「四方の山の鏡と見ゆる汀の氷、月影にいとおもしろし」は、源氏物語・総角の一節ですが、鏡のような水際の氷に月の光が映える美しい景色を表現していますね。ですから、薄凍りつつあるこの歌の水際は、汀で詠まれています。

鴨といえば、平安の頃から公家皇室との結びつきが強い鳥。野行幸(のぎょうこう)という天皇による鷹狩りでも鴨がよく獲られたようです。桓武天皇は記録に残るだけでも132回も狩りに出掛けたそう。平安京への遷都を行ったのがこの天皇さんですね。俊成さん定家さんと同じ時代の後鳥羽天皇も狩猟がお好きだったようです。さかんに鷹狩りや鹿狩りに興じた。新古今和歌集撰集の命を下し、和歌所を再興したのがこの後鳥羽さんですね。「み狩りする 交野の御野に 降るあられ あなかままだき 鳥もこそ立て」という鷹狩りの景を詠んだ歌が新古今和歌集に採られています。鴨の猟はその後、網を使う形に変わってゆき、それが今でも皇室行事として残っています。宮内庁が管理する鴨場で、叉手(さで)網を使って鴨を獲ります。内外の賓客を接遇する鴨場接待の様子は、今でも時々報道されることがあるのでご覧になることがあるでしょう。この時使う叉手網は絹の糸で作られているため、鴨が傷つくことはないそうです。国際的な賓客接待でもあり、動物愛護を尊ぶ時代でもあり、獲った鴨を皆で食べる、というわけには参りませんから、鴨は標識をつけてすべて野に放たれるということです。

和歌に詠まれる水鳥は、この鴨の他に鴛鴦や鳰鳥があります。鴛鴦は、おしどり夫婦という言葉もあるように、仲の良いカップルが前提。日本画でもつがい、つまり二羽が並んで描かれることが多いように思います。鴛鴦の衾(おしのふすま)という言葉がありますが、これは仲睦まじい男女夫婦の夜具のこと。昔は、嫁入り道具の中に夜具が含まれていて、その中に必ずオシドリの文様の入ったお布団が入っていたものです。鳰鳥の方は、カイツブリのこと。鳩よりも少し小さい水鳥で、20〜30羽ほどの群れでいることが多い。琵琶湖には昔からこの鳥の群れがたくさん見られました。琵琶湖の別名を「鳰の海」というのはそのためです。水に長く潜ることがあるようで、人目につかない秘めた恋などで、鳰の通い路、という表現を使うことがあります。

古今和歌集に採られた冬の和歌は、わずか29首ほどしかないのですが(春や秋の歌は100首以上あります)、新古今和歌集には150を越える冬歌があります。厳しく苦しいこの季節の中に、歌人たちが美しさを見いだしたのが、中世、新古今和歌集の頃だったのかもしれませんね。水鳥の居る冬の汀の景をじっと見つめて詠んだような少し幻想的な冷たい日本美を感じてください。(第27歌・了)

式子内親王[しょくし(しきし)ないしんおう]
後白河天皇の皇女。新三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。高倉天皇は異母弟にあたる。萱斎院、大炊御門斎院とも呼ばれた。平治元年(1159年)、内親王宣下を受け斎院に卜定。以後およそ10年間賀茂神社に奉仕した。藤原俊成を和歌の師とし、俊成の歌論書『古来風躰抄』は内親王に捧げられたものといわれている。その息子定家とも親しく、養和元年(1181)以後、たびたび御所に出入りさせている。定家の日記『明月記』にもしばしば内親王に関する記載がある。他撰の家集『式子内親王集』があり、三種の百首歌を伝える。千載集初出。勅撰入集百五十七首。
山ふかみ春ともしらぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水(新古3)
かへりこぬ昔を今と思ひ寝の夢の枕ににほふ橘(新古240)
ながむれば衣手すずしひさかたの天の河原の秋の夕暮(新古321)
生きてよも明日まで人もつらからじこの夕暮をとはばとへかし(新古1329)



プロフィール

冷泉貴実子

事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!

田中康嗣(たなかこうじ)

特定非営利活動法人 和塾 理事長。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。

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