さざ波や 志賀の浜松 ふりにけり たが世にひける 子の日なるらん
藤原俊成
この歌は、春のはじめの物語。語り継いでゆきたい、日本に生き暮らす人々の豊かで美しい物語です。
立春を経て新年最初の子の日がやってきます。「子」というのは、十二支「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」のはじめ。一日の始まりでもある午前零時が子の刻。方角も北を指すのが子になります。南が午で、北と南を結ぶ線を子午線と呼ぶことは皆さんご存じですよね。いずれをとっても「子」というのは物事の始まりを象徴しているように思います。だから新年最初の子の日、初子(はつね)の日には、なんだかウキウキした気分になる。昔の日本人も、この日が来ると野山に出掛けてみたくなります。・・・多分そうだったと思います。
けれど、この頃はまだ春になったばかりで、木々はほとんど枯れてしまっています。枯れるというのは、昔の人にとっては、少々不吉な印象のあることで、子の日の気分とは少し違いますね。それを救ってくれるのが、冬でも枯れることのない常緑樹。その代表になるのが松です。中でも小さな松、若松が人々の思いを受けとめた。春の女神、佐保姫がそこに宿っている。そう考えたのだと思います。佐保姫は秋の竜田姫と並ぶ春を司る女神。真っ白な柔らかい春霞の衣をまとう若々しい女性の神さまです。和歌にもたくさん詠まれていますよ。「佐保姫の 霞の衣 ぬきをうすみ 花の錦を たちやかさねむ」(後鳥羽院)「さほ姫の 霞の袖も たれゆへに おぼろにやどる 春の月かげ」(藤原家隆)「佐保姫の 糸そめかくる 青柳を 吹きな乱りそ 春の山風」(平兼盛)
歳の初め、春の始まりの少し浮き立つ気分で出掛けた野山で出逢った春の女神を宿す若松ですから、人々は皆ありがたく思い、それを引き抜いて持ち帰りました。根がついたままですから、これを根曳きの松と呼んだ。子の日の「子」と若松の「根」が掛詞になっています。この根を引いた松は、文様としてたくさんの絵画作品などに用いられていますよ。例えば、松喰鶴の絵。これは、松の小枝を咥えた鶴の絵柄なのですが、古いものなら必ず松の根が描き入れられています。根曳きの松を咥えた鶴の文様です。持ち帰られた若松は門扉の両側などに飾ります。これが門松の原型です。
では、歌の方を読んでみましょう。さざ波や、というのは志賀の枕詞ですから意味はありません。志賀の浜というのは、滋賀の琵琶湖の浜のこと。志賀は、旧近江国滋賀郡一帯の地、天智天皇の近江大津宮(667年に中大兄皇子が飛鳥から遷都。壬申の乱を経て5年後の672年に廃都。)のあったところです。歌枕としても有名で、「さざなみや 志賀の花園 みるたびに 昔の人の 心をぞ知る」(祝部成仲)のようにかつてそこにあった旧都への思いを詠み込むことが多いようです。その松が、「ふりにけり」というのは「経りにけり」という意味で、年が経ってすっかり老木になっているなあ、ということ。四句の「たが世にひける」というのは、その老松は誰の世、御代に引き抜いたのでしょうかという意味で、松を引くと言えば子の日のことですから、昔々の子の日に引き抜かれた根曳きの松がその地に根付いていつしか老木になっていることを表現しています。大津宮での子の日の松に思いを馳せていることは申し上げるまでもないでしょう。
豊かに広がる春のはじめの「子の日」の物語。おわかりになりましたでしょうか。日本にはこのように、人々の暮らしと思いに多様な形で繋がる素敵な物語がたくさんあります。今ではその多くが失われようとしていますが、それはとても勿体ないこと。春のはじめの頃にいただくお饅頭の銘が若松だとしたら、それはきっと枯れ木ばかりの中に緑を残す若松で、人々が春のはじめの野山で引き抜く根曳きの松だと連想し、一年初めの子の日を思い、そこに春の女神を見て・・・、と想いがどこまでも広がっていきます。それは元になる物語を知っているからこそ。日々の暮らしを豊かで美しいものにする日本の物語。大切に伝えてゆきたいと思います。(第29歌・了)
藤原俊成[ふじわらしゅんぜい・ふじわらのとしなり]
藤原道長の系譜を引く藤原北家御子左家の出。権中納言・藤原俊忠の子。法名は釈阿。最終官位は正三位・皇太后宮大夫。『千載和歌集』の撰者として知られる。藤原親忠女(美福門院加賀)との間に成家・定家を、為忠女との間に後白河院京極局を、六条院宣旨との間に八条院坊門局をもうけた。長承二年(1133)前後、丹後守為忠朝臣家百首に出詠し、歌人としての活動を本格的に始める。久安六年(1150)完成の『久安百首』に詠進し、崇徳院に命ぜられて同百首和歌を部類に編集するなど、歌壇に確実な地歩を固めた。寿永2年(1183年)後白河院の院宣を受け、七番目の勅撰和歌集『千載和歌集』の撰進に着手し、息子定家の助力も得て、文治四年(1188)に完成、名実ともに歌壇の第一人者となった。千載集には36首、新古今集には72首が採られ、勅撰二十一代集には計422首を入集している。歌学書・秀歌撰に『古来風躰抄』『古今問答』『万葉集時代考』『正治奏状』『三十六人歌合』等がある。
面影に花のすがたを先だてて幾重越えきぬ峯の白雲(新勅撰57)
奥山の岩垣沼のうきぬなは深きこひぢになに乱れけむ(千載941)
プロフィール
冷泉貴実子
事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!
田中康嗣(たなかこうじ)
特定非営利活動法人 和塾 理事長。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。

















































































