雨はれて 露ふきはらふ 梢より 風にみだるる 蝉のもろごゑ
進子内親王
和歌に詠まれる昆虫といえば、基本的に秋の虫だけ。ほとんど唯一の例外が蛍と蝉ですね。どちらも夏の虫として、しばしば和歌の中に現れます。たいていはその姿形ではなく、儚い光や涼しげな声を詠んだ歌です。古今和歌集には両方が詠まれた歌もあります。「明け立てば 蝉の折りはへ なき暮し よるは蛍の 燃えこそわたれ」がそれ。昼も夜も恋に焦がれる思いを詠んだ素敵な和歌です。
さて、今回はその蝉を詠み込んだ和歌を取り上げましょう。
蝉の声を楽しむのは日本人だけ、という話しがあります。西洋の人にとってそれはたんなる音でしかなく、雑音や騒音と同じ扱いだそうで。日本人のようにその音色にさまざまな思いを重ねるようなことはないようです。そういえば、日本人はそれを「蝉の声」と表現しますよね。蝉の音、とは言わない。不思議なことです。
和歌の中の蝉の声は、夕立と一緒に詠まれることが多いものです。雨が降り始めて、それまで鳴いていた蝉が一斉に鳴き止む、とか、夕立があがったら蝉が一匹また一匹と鳴き始める、などという歌があります。今回の和歌も、夕立が過ぎ去り梢の上の雨の滴が風に吹かれて散っていて、鳴きやんでいた蝉たちがまた鳴き始めた、という歌です。雨上がりに涼しい風が吹いて、その風に吹かれた蝉たちの声が梢のあちこちから聞こえてくる。今の人は、蝉というといささか暑苦しくジージーと鳴いているというイメージを持つことが多いのかも知れませんが、和歌の中の蝉は、どちらかというと涼しげな存在です。夏ですから、暑いのですがどこか涼しい。夕立が来て、大地を雨水が濡らし、そのせいで気温が少し下がって、そこに一陣の風が吹き抜け、蝉たちの声が聞こえる。涼しげな夏の景色です。
では、その蝉の涼しさというのは、どこから来るのでしょう。
ひとつには、蝉が持っている儚いイメージから、ということがあるように思います。成虫になってからの蝉の命はとても短い。残り少ない日々を鳴きながら過ごしています。どこかしら儚さを負っているのが蝉の声なのです。蝉の抜け殻は空蝉(うつせみ)と言いますが、これもまた脆くて空しい印象を含んでいますね。
もうひとつ、蝉の羽衣という言葉があって、これはいわゆる薄衣のこと。ヒグラシやツクツクボウシなどを思い描いていただければおわかりいただけると思うのですが、透き通っていて、とても薄くて、繊細で清涼な夏の衣のことを蝉の羽衣と言います。そんなイメージが折り重なって、和歌の中の蝉やその声は、どちらかというと涼しい印象を持っています。蝉の諸声、つまりたくさんの蝉が鳴いているのを蝉時雨ということがありますよね。これも時雨ですから、少し冷気を含んだ涼しげな印象です。松尾芭蕉の有名な句に「閑さや岩にしみ入る蝉の声」があります。これもまた、暑苦しい夏の五月蠅い蝉というより、どことなく涼しげな夏の景色ではないかと思います。「閑さ(しずけさ)」や「しみ入る」という言葉にそんな印象が込められているのではないでしょうか。
夏の和歌というのは、言葉を使って涼しさを創るもの。暑さが厳しく、食物がすぐに腐敗し、疫病が蔓延するようなことの多い、昔の人にとってはあまり好ましくない季節なのですが、そんな実際や現実ではなく、心地よい清々しい季節を言葉の力で組み立てているのですね。フィクションと言えばフィクションなのですが、和歌というのはそもそもが現実の世界を表現するものではなく、ある種の理想を、皆が共有できる美を、言葉にし歌にする文芸。明治以降の文芸、ことに短歌や俳句は、どちらかというとノンフィクションを旨とする、実際や実態を表現することを良しとするようになっているのですが、本来の和歌というものはそうではありません。現実世界では、ジージーと暑苦しく鳴いている蝉も、和歌の中では涼しい音色を響かせているというわけです。(第33歌・了)
進子内親王[しんしないしんのう]
後期京極派の代表的女流歌人。伏見天皇の皇女。母は藤原基輔の娘、永福門院内侍の妹の後伏見院兵衛督。両親と早くに死別し、母の姉である永福門院内侍に播磨国の賀茂荘で養育され、後に出家。京都にもどり内親王となる。康永二年(1343)以前の院六首歌合、応安三~四年(1370-1371)頃の崇光院仙洞歌合などの歌合に出詠。貞和・延文・永和の各百首歌の作者に列なるなど歌人として重んじられた。風雅集初出(二十八首)。勅撰入集は計四十三首。「枕草子絵巻」の筆者ともいわれる。
のどかなるけしきをよもにおしこめて霞ぞ春のすがたなりける(風雅8)
早苗さなへとる山もと小田に雨はれて夕日の峰をわたる浮雲(風雅357)
雲しづむ谷の軒ばの雨の暮ききなれぬ鳥のこゑもさびしき(風雅1767)
プロフィール
冷泉貴実子
事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!
田中康嗣(たなかこうじ)
特定非営利活動法人 和塾 理事長。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。





















































































