文庫だより冷泉貴実子
やまと歌がたり

冷泉貴実子
やまと歌がたり
第三十四歌

聞き書き・田中康嗣
写真・吉田亮人

夏果つる 扇と秋の 白露と いづれかまづは 置かむとすらむ
壬生忠岑

宮中の晩餐会などで皇族の方々が正礼装で居並ばれた時、女性は皆、扇つまり扇子を持たれています。ローブデコルテと呼ばれるロングドレスに扇子です。歌会始などでの昼の礼装(ローブモンタントというそうです)の時も、手元には扇子があります。現在の西洋の礼装ではあまり見かけないこと。どうして扇子を手にされているのでしょう。ちょっと不思議な光景です。

扇子は元々日本で生まれたといわれています。檜などの薄板を重ねて根元を糸などで綴じた檜扇(ひおうぎ)がその原型。束ねられた木簡から生まれたと言われていて、元は風を得るために扇ぐ(あおぐ)ためのものではなく、儀式の手順などを記すメモのようなものだったという説が有力です。それが常となり、いつしか儀式には扇子を持って臨むのが作法となったのではないかと思います。この団扇とは異なる折りたためる扇が、10世紀頃に中国へと持ち込まれた。渡航した日本の僧侶が宋の皇帝に檜扇を献上したという記録が残っているそうです。その後、15〜16世紀頃、日本や中国との貿易を通して日本発祥の扇子はヨーロッパへと運ばれてゆきます。17〜18世紀、マリー・アントワネットの時代には、上流階級の女性の間で扇子は大流行し必須のアイテムになった。もちろんその扇子は日本のそれとは違って、レースや羽根、螺鈿細工や象牙、時には高価な宝石で飾られた扇子でした。その開け閉めや構える位置で女性が自分の気持ちを男性に伝える「扇言葉」まであったようです。この晩餐会や舞踏会でロングドレスに日本発祥の扇子を持つ風俗が、明治維新以降、洋装を正装とした日本の上流階級の女性たちに伝わったのなら、扇子を巡る千年の旅路には誠に興味深い思いがありますね。

それにしても、日本人と扇の関係は、不思議なくらい多様です。例えば、茶の湯では扇子がなければ何も始められない。茶室にはまず扇子から入りますから。日本舞踊や能楽でも扇子は必須の道具。落語家も扇子と手拭いなしでは噺ができません。相撲を観ていると、呼び出しの方は必ず扇を広げて力士の名を呼びますよね。和歌の会もまず扇を置いての挨拶から始まります。歌舞伎役者の襲名などでは、関係者に記念の扇が配られる。その他のお祝いなどでも扇をつくることがとても多い。開くと先に向かって広がるので末広とも呼ばれる扇は、おめでたい品として結納品の中などにも必ず含まれます。私どもが参加する儀式などでも、男性は中啓と呼ばれる扇を女性はぼんぼりという扇を必ず持参します。京都の夏といえば祇園会ですが、山鉾の巡行でも音頭取りの人が山や鉾の一番前に乗って「えーんやーらやー」という掛け声とともに扇を突き出します。それぞれにそれなりの意味があるのでしょうが、そうした意味を越えて、扇というのは不思議な存在感を持っている。日本の人々の近くには、かならず扇があったのです。

和歌でも扇はよく詠まれます。「あふぎ」と書きます。まさに夏の歌として出てきます。夏の暑さを和らげる秋風のような涼を運ぶ道具でもありますから、夏の歌に詠み込まれます。けれどただ扇ぐだけのものではなく、もっとさまざまな思いを載せているのが扇なのでしょう。季節の変わり目に、役目を終えた扇を置くのと、秋の露が置かれるのと、どちらが先なのでしょうか、というのがこの歌。日本のめぐる季節の素敵を詠んでいます。扇の存在感は、今ではいささか小さくなっているように思います。けれど烈しい夏の暑さもあり、電力エネルギー浪費の問題もある現在、日本発祥の扇は、世界への発信力を持っているはず。ロングドレスと扇の風俗も合わせて、扇の文化を見直すのも今の時代に必要なことではないかと思いますが、どうでしょう。(第34歌・了)

壬生忠岑[みぶのただみね]
平安時代前期の歌人。三十六歌仙の一人。生没年は不詳だが、9世紀後半から10世紀前半ごろの人物とされている。忠峯、忠峰などとも書き、父は散位安綱、子に忠見がいる。身分の低い下級武官の出身だったらしく、左兵衛番長を経て、延喜初年頃、右衛門府生。その後、御厨子所預などを経て、摂津権大目に叙せられた、と『古今和歌集目録』にあるが真偽は不明。『大和物語』には、藤原定國(大納言兼右近衛大将)の随身だったとある。歌人としては一流と賞されており、『古今和歌集』の撰者として抜擢。歌人としては寛平年間から活躍が見え、是貞親王家歌合などに参加。延喜七年(907)には、宇多法皇の大井川行幸に献歌している。家集に『忠岑集』がある。藤原公任が和歌の技法や理論などを記した歌論書「和歌九品(くほん)」では、忠岑の和歌は最高評価にあたる「上品上(じょうぼんじょう)」。3番目の勅撰和歌集「拾遺和歌集」では、忠岑の和歌が巻頭歌に選ばれている。
春立つと いふばかりにや み吉野の 山も霞みて けさは見ゆらむ(拾遺・巻頭歌)
風吹けば 峰にわかるる 白雲の 絶えてつれなき 君が心か(古今・601)
有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし(古今・625、小倉百人一首)
寝るが内に 見るをのみやは 夢と言はむ はかなき世をも うつつとは見ず (古今・835)



プロフィール

冷泉貴実子

事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!

田中康嗣(たなかこうじ)

特定非営利活動法人 和塾 理事長。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。

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