きりぎりす いたくな鳴きそ 秋の夜の ながき思ひは われぞまされる
藤原忠房
この歌はまさにセレナーデのような一首。蟋蟀(きりぎりす=コオロギ)よ、そんなにひどく鳴かないでおくれ。秋の夜と同じように長く尽きない思いは、私の方がすっと深いのだから。という歌です。「いたく」というのは甚だしく、ひどくという意味。その後につづく「な〜そ」は、婉曲に禁止の気持を示しますから、「な鳴きそ」は、どうか鳴かないでおくれ、という意味です。ながき思ひ、というのはもちろん、恋の憂いですね。
秋は夜が長い。独り寝の人にとってはなおさら。眠れぬ夜がつづきます。そんな独り寝の夜に添うように、秋の虫が鳴きつづけています。「わがために 来る秋にしも あらなくに 虫の音聞けば まづぞかなしき」(古今集186)「秋の夜の 明くるも知らず 鳴く虫は わがごとものや かなしかるらむ」(古今集197)。虫の音が導く長く哀しい秋の夜が詠まれた和歌は本当にたくさんあります。秋の夜、地上には月影が射し、七草が咲き乱れ、その花や葉に露が置かれ、虫たちが鳴いています。美しい秋の夜です。淋しくて哀しいのですが、美しい。愁いを含んだ華やかさとでも申しましょうか。日本の美しさは少々複雑です。うら悲しさが組み込まれた綺麗。闇を抱えた光が辺りを満たしています。「きりぎりす 夜寒に秋の なるままに よわるか声の 遠ざかりゆく」(新古今472)「虫の音も 長き夜あかぬ ふるさとに なほ思ひ添ふ 松風ぞ吹く」(新古今473)「あともなき 庭の浅茅に むすぼほれ 露のそこなる 松虫の声」(新古今474)。
日本人は虫の音、虫の声がとても好きです。その姿や形にはまったく関心がないのですが、声には魅了されました。科学的には、虫の出す音は、たいてい羽根を擦り合わせることによって出力されている。けれどそんなことはどうでもよろしい。だから私たちはその音を「声」と言います。虫の声、鳥の声。欧米の人々にはない考え方です。コオロギと鈴虫と松虫の声を聞き分けられる西洋人に出会うことはまずありませんから。西洋にももちろん彼らが美しいと思う音色というものはあります。教会の鐘の音や、ヴァイオリンやピアノの音色。でも、それらは皆、人間が関与して出てくる音のように思います。虫や鳥の声、風や波の音のように人間とは関わりのない自然の成す音は含まれない。人間が体系化した音階やハーモニーに則った音声が中心ですよね。自然界が出す不規則な音はノイズつまり騒音とみなされるようです。
事ほど左様に、日本と西洋の自然に対する人々の姿勢は大きく異なるようですね。西洋は、自然を制御し管理し、時には征服する。良い自然というのは、人間のコントロール下に置かれたものだけ。それが西洋の人々の自然にたいする姿勢のように思います。対して日本の人々は、自然を原初の姿そのままが良いと考える。美しいのは人の手が入らないもともとの姿だと。日本と西洋の庭園を比べると、この考え方の違いがよく分かります。西洋式庭園では、左右シンメトリーに花壇をつくり、樹木は整った三角錐の形に刈り揃えます。そして、お庭の中ほどには必ず噴水があります。噴水というのは、水が下から上に吹き上がりますよね。自然に逆らって人間の力で下から上に上げているのです。日本庭園の景色は、それとはまったく異なります。その姿は自然そのままです。実際には庭師などが丁寧に細やかに手を入れているのですが、人工的には見えません。そして、水の流れも自然そのまま。上から下へ。滝があり川があり池に流れ込むのが日本のお庭なのです。自然には逆らわない。そのままが美しい。
虫の声を愛でる心性は、自分たちもその一部である大自然に従う日本人ならではの感性が育んだことなのだと思います。きりぎりすに、まるで友人のように呼びかけているこの歌にも、そんな日本人らしい自然観が横溢しています。科学的でもなく理詰めでもないのですが、恋い焦がれる思いや秋の夜の美しさは、科学とは遠く、理屈で説明できるものでもないでしょ。虫の音が小夜曲を奏でるように人間とともにある。美しい秋の和歌です。(第37歌・了)
藤原忠房[ふじわらのただふさ]
平安時代前期の貴族・舞楽家・歌人。中古三十六歌仙の一人。播磨権少掾・遣唐判官・蔵人・右近将監・左兵衛権佐・近江介などを経て、延喜二十年(920)大和守。延長三年(925)、従四位上山城守。同五年、右京大夫。歌人としての名声も高く、延喜6年(906年)に開催された「日本紀竟宴和歌」や、延喜21年(921年)の「宇多法皇春日行幸名所和歌」などに出詠するとともに、同じく延喜21年(921年)の「京極御息所歌合」では判者を務めた。歌舞や管弦にも長じ、胡蝶楽・武徳楽などの舞楽を作ったという。勅撰入集は古今・後撰・拾遺に計十七首。
鶯のなきつるなへに春日野の今日のみゆきを花とこそ見れ(拾遺1044)
君を思ひおきつの浜になくたづの尋ねくればぞありとだに聞く(古今914)
秋霧のたちのの駒をひく時は心にのりて君ぞ恋しき(後撰367)
なよ竹の夜ながきうへに初霜のおきゐて物を思ふころかな(古今993)
プロフィール
冷泉貴実子
事務局長 第24代当主為任・布美子の長女。
趣味は海外旅行と絵を描くこと。
陽気で活発な性格で、仕事に、遊びに、イベントにいつも大忙しです!
田中康嗣(たなかこうじ)
特定非営利活動法人 和塾 理事長。
大手広告代理店にて数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め和塾を設立。
日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行っています。詳しいプロフィールはこちらから。

























































































